こんにちは。
紫です。
先日、お客様から、このようなお言葉をいただきました。
「盛岡で本格的なSMが経験できて最高に嬉しいです」
その言葉をいただいた時、胸の奥に静かに残るものがありました。
私は仙台を拠点に、緊縛やSM、性感開発を通して活動しています。
東京、京都、名古屋、大阪のように、SMの文化や歴史が濃く根付いている土地と比べると、東北でSMに触れる機会は、まだ決して多いとは言えないのかもしれません。
けれど、東北にも、SMを愛する心はあります。
緊縛に惹かれる心。
鞭の音に呼吸を奪われる瞬間。
支配と委ね合いの中でしか開かない感覚。
身体を通して、心の奥に触れられるような時間。
それらを求めている方は、きっといらっしゃるのだと思います。
ただ、それが静かに続いていくためには、
一人で抱えるのではなく、
ご縁の中で、互いを尊重し合える関係が必要なのだと思います。
以前、京都バルバラさんの30周年記念公演に伺った際、
「京都という土地で、小河が大河になった」
という表現に触れました。
その背景には、ひとりの方が行動し、場を作り、続けてこられた歩みがありました。
そのことに、私は深い敬意を抱いています。
そして、その流れが多くの方とのご縁や時間の中で、やがて大きな川のようになっていったこと。
その歩みに触れた時、烏滸がましい言い方かもしれませんが、
その行動力に、私は憧れを抱きました。
何もない場所に、最初の流れを作ること。
まだ形になっていないものを、誰かが見える場所まで運ぶこと。
「ここにもある」と言える場所を作ること。
それは、簡単なことではありません。
そしてきっと、東北でSMの流れを育てていくには、
それぞれの形を尊重し合うことが大切なのだと思います。
技術を持つ方。
場を守る方。
受け手として信頼を預けてくださる方。
静かに見守ってくださる方。
勇気を出して扉を開いてくださる方。
そうした一つひとつのご縁が重なって、
初めて小さな流れは途切れずに続いていくのだと思います。
私は、緊縛やSMを、ただ刺激の強い遊びだとは思っていません。
身体を通して、心の奥に触れるもの。
痛みや羞恥や快感を通して、その人自身もまだ知らなかった感覚へ辿り着くもの。
そして、信頼と技術と空気の中で初めて成立する、
誰かにとっての、繊細な救いの一つにもなり得るものだと思っています。
だからこそ、雑には扱いたくありません。
東北で。
仙台で。
盛岡で。
本格的なSMに触れたいと思う方に、
確かな時間をお届けできるように。
誰かにとっての初めての扉になれたら。
誰かにとっての、もう一度深く潜る場所になれたら。
誰かにとって、隠していた自分の欲を肯定できる時間になれたら。
それは、私にとってとても幸せなことです。
東北に、SMのせせらぎを作りたい。
大河でなくてもいいのです。
まだ細く、静かで、誰にも気付かれないような流れでもいい。
それでも、確かにそこに水が流れていること。
喉の渇きを覚えた誰かが、そっと触れられる場所があること。
本格的なSMに触れたいと思った時、
東北にも、その流れがあると思っていただけること。
それが、私の夢の一つです。
誰かの奥に隠れていた欲が、
少しだけ肯定される場所になれるように。
そして、同じ世界を大切にする方々と、
互いを尊重し、必要な時には協力し合いながら、
その小さな流れが途切れずに続いていくように。
私は、東北にSMのせせらぎを作りたい。
それが今、私の中にある大切な願いです。
Lit.Link
https://lit.link/yukari_murasaki